“British Journal of Social Psychology”に孤独感と自伝的記憶に関する論文が掲載されました
"British Journal of Social Psychology"に、以下の論文が掲載されました。
Igarashi, T. (2024). Loneliness and socioemotional memory. British Journal of Social Psychology. https://doi.org/10.1111/bjso.12783
この論文では、孤独感が自伝的記憶に含まれる社会的なエピソードの想起に及ぼす影響を、4095人の日本人サンプルを対象に検討しました。
従来の理論では、孤独感が社会的情報への過敏性や注意を促すことが知られていました。そのため、孤独感の高い人は、社会的なエピソードがポジティブかネガティブかにかかわらず、そうした情報に関する記憶を想起しやすいことが主張されていました(社会的情報の記憶バイアス)。ただし、孤独感による社会的情報の記憶バイアスは限られた少数のサンプルで得られたものであり、その一般化可能性についてはこれまで十分な検討がなされていませんでした。また、孤独感と強く相関する抑うつについては、ネガティブな情報への注意が強まることが広く知られており(ネガティブな記憶バイアス)、社会的情報の記憶バイアスはこの知見との整合性についても疑問が残るものでした。
この論文では、4つのデータセットを用いて、自伝的記憶で想起される社会的なエピソードと、孤独感との関連を検討しました。実験では、参加者自身の経験したポジティブあるいはネガティブなエピソード、あるいは何もない平凡な一日のエピソードについて書いてもらうよう求めました。想起されたエピソードについては自然言語処理を行い、J-LIWC2015という辞書を用いて社会的な情報を分類しました。
分析の結果、孤独感は、ポジティブなエピソード(下図:緑の点線)、および平凡な一日のエピソード(赤の点線)で想起された社会的情報の量とマイナスの相関を示していました。一方、ネガティブなエピソード(青の実線)については、孤独感との明確な関連はみられませんでした。このパターンは、抑うつや日常生活で経験するさまざまなライフイベントの経験頻度について統制した場合も同様でした。
これらの結果は、孤独感の高まりが社会的情報の想起を無条件で促すわけではなく、むしろポジティブな社会的情報の想起を選択的に阻害している可能性を示しています。これは、抑うつでみられるパターンに部分的に類似したものです。また、ネガティブな社会的情報の想起は、孤独感の程度にかかわらず普遍的に見られました。このことは、ネガティブなエピソードが多くの場合に対人的な要素を含むことを意味し、これは抑うつにおけるネガティブな記憶バイアスとも異なる興味深い点です。
本論文の知見は、孤独感の高い人における社会的情報の記憶バイアスの妥当性に疑問を投げかけるとともに、ネガティブな社会的エピソードの自発的な想起が、孤独感の高い人に特異的にみられるわけではないことを示しています。